おうち事情&完工式
◾️バチェンガのおうち事情
任地バチェンガではよく家の建設現場を見かけます。
どういうわけか、いつもどこかしらで家を建設しています。
そして、明らかに建設途中でほっぽらかされているような現場を見かけることも多々あります。
たまに建設が再開されているところも見ます。
これらは需要に基づいて建設しているのか、あるいは一旦建ててから売りに出すのかは現時点ではわかっていません。
バチェンガで現在よく建設している家の構造は非常にシンプルです。
日本にもよくあるようなコンクリートブロックを積み重ねてセメントで固め箱型を作り、屋根にトタンを乗せれば完成です。もう実写版レゴ。
我が家もまさしくこのタイプです。
窓やドアの枠には木枠を使っている場合もあれば、枠はなく単に窓用の空間は空けといて上辺には長いコンクリートブロック的なものを渡すだけのタイプも見かけます。
カメルーンで使っているコンクリートブロックの質は良いと言えなく、建設現場で見かける時点で中身がスカスカなブロックを見ることも多々あります。むしろ当たり前ってくらいに見かけます。(たぶん自分たちでコンクリートブロックを生産してます)
そのため、家の壁に釘を打ち込めばサクサク入っていきます。模様替えラクラク。
カーテンを設置する際も壁に釘を打ち込みました。
むしろ脆いため釘がグラグラですぐ抜けそうです。まもなく抜けるってくらいの乳歯並みです。
◾️完工式
先日、大家マダムに導かれ建物の完工式に立ち会いました。
現場に行くと、住民たちが建物の周りでおしゃべりしながら建物が完成する瞬間を待っていました。
建物は三部屋横並びの長屋構造。
上記のようなレゴ構造のため、建設の最後の工程は屋根にトタンを乗せるという作業になります。
そうして屋根の据付が完了=建物が完成すると、トタンの上に乗っている大工さんの元に紙パックの赤ワインが渡されました。
そして、その赤ワインをトタンに流すと、トタンを伝いそのまま地面へと流れ落ちます。
これが建物の完成を示すらしいです。
建物の完成に伴い、徐々に住民たちの賑わいも大きくなっていくなか、完成ほやほやの建物の部屋の中に案内されます。
たくさん用意された椅子のうちの一つに座り、周りの住民たちと話していると、どこからともなく大鍋に入ったご飯とビールが用意されました。
ここバチェンガでは完工式は所謂ハレの行事のようで、こうしてみんなで集まり建物の完成をお祝いするという文化があるそうです。
もちろん全ての建物で必ずしもお祝いするわけではなく、その建物の重要度や施工主の意向によりけりといったとこらしいです。
今回の建物は近所の大きなカルフール(交差点)に面したものであり、そこにお店を入れて活用するという目的があるそうなので重要度は高そう。(三部屋あるので、おそらく3店舗分。)
ちなみにこのカルフールはカメルーンの首都ヤウンデから極北州(読んで字の如くカメルーンの北端)まで行く際の幹線道路の分岐点となっています。
(この幹線道路は未整備の箇所が多く、そのうちの一部の整備をJICAがバチェンガ-レナ間道路整備事業というプロジェクトで有償資金協力しています。)
なお、ここのお祝いのための食事やビールは誰が用意してくれたのかは分からずじまい。(施工主(そもそも誰かわかっていない)かな?)
住民の話によると、このお祝いは非常にオープンなもので、例え横を通りすがっただけの通行人でもお酒や食べ物をふるまってもらい食べ終わったらそのまま帰る、なんてことも大歓迎だそうです。
現在、どういうわけか非常に厳しい財政難のため、ガチガチの節約生活をしている自分にとっては大変ありがたい機会だったため、大いにご厚意に与りました。任地生活以来ほぼ初めての牛肉、魚とビールでした。(どれも今の自分にとっては贅沢品で本当にご馳走さまという気持ち)
↑振る舞われた食事。牛肉、魚のソースピーマン(唐辛子入りで少し辛いが美味しい)がけとプランタン。
ちなみに今回の建物、建設までの所要日数は4日間。圧倒的スピード感。
メメント・モリ
以前書いたようにバナナアイスを作っています。
アイスは固める工程の際に時々かき混ぜると空気を含んでふんわりとした食感になるようで、時々キッチンでいそいそとかき混ぜています。
↑最終的に固まりきったらこうなりました。見た目はともかく、シャリシャリして美味しい。
そんなある時、外から大家マダムや子供達が大騒ぎする声が。
カメ人たちは普段から結構語気も強く、エキサイトした様子で大声で話すことも多々あるため、いつもの事と特に気にしていませんでした。
ところがその声は近づいてきて、閉めていたキッチンのドアがバーンと開きました。
入り口にはマチェットと呼ばれるナタを持ち殺気立っている大家マダムの姿。さながら八つ墓村。
その口から「Siautu!!Siautu!!」と繰り返される謎の言葉。
一瞬のうちの情報量の多さに頭がついていかず、マダムの殺気に怯えつつただただアイスをかき混ぜながら静観します。
そして、キッチンにある貯水用のバケツを勢いよく退けられ、そこにトカゲのような生き物が姿を現しました。
刹那、迷いなく振り下ろされるマチェット。
切り落とされるトカゲの首。
念を入れて切り刻まれる体。
切り刻まれるたびにコンクリートの殺風景な床に広がるトカゲの鮮血。
体から切り離され、横でピチピチ跳ね回る尻尾。
さっきまでアイスをのんびりかき混ぜていたキッチンが、突如として惨劇の現場になるというあまりの落差に
トカゲの尻尾って本当に独りでに動き回るんだなあ、このトカゲはなぜ殺されているのだろう、食べるのかなあ、
などと現実逃避気味に取り留めのない思考が広がるばかり。
トカゲの死地が我がキッチンとなったことを見届けたあと、なぜ殺されたのかと聞いたところ「蛇みたいに毒を持ってるんだよ。」との回答が。
以前、見かけた蜘蛛について「これは毒蜘蛛?」と聞いたら「そうだよー」くらいにしか反応してなかった彼らが
血相変えて追いかけてまで駆除しようとするくらいなので結構危ないやつだったのかもしれない。
人はいつ命を拾っているかわからないものだなあ。とキッチン床に残されたトカゲの血を見つめながらしみじみ。
その後、トカゲは速やかにどこかに運ばれ、キッチンの床も雑巾で拭いてもらいました。
聞いたところ、トカゲは穴トイレの中に葬られたそうです。トカゲの墓にもなる穴トイレ、優秀。
さらに聞いたところ、このトカゲと思しき生物はトカゲではなく、現地語でSiautuと呼ばれるものらしいです。フランス語的に言うとLézard serpentというらしい。(直訳するとヘビトカゲ。ですがこれもローカルな呼称と思われる。)
フランス語で正式にはなんと呼ぶのかわからず、SiautuとLézard serpent両方で検索しても引っかからないので結局正体は分からずじまい。
すぐに悲惨な状態になってしまったため写真に収めることもできず。
ちなみに食べるわけではありませんでした。
我がキッチンで息絶え、穴トイレに眠るSiautuに合掌。
※2019/3/26 追記:
この生物の正体が判明しました。
協力隊同期の知り合いの専門家によるとフェルナンデススキンクという種のトカゲのようで、毒は持ってないらしいです。
むしろ日本では愛玩用として販売されているみたい。
たしかにネット調べてみると全く一緒の姿形をしています。そして生息域にカメルーンも含まれていたので、ほぼ間違いなさそう。
トカゲだし毒を持ってないということで、彼らの言う情報と異なってましたが、毒を持っているというのは彼らの思い込みなのか、或いはよく似ていて毒を持っている別の種類がいるのか。
真相は噛まれてみないとわかりません。
ちなみに昨日も別の個体がキッチンに出現したため写真に収めることができ、それで正体判明に繋がりました。
しかし、その個体もまた我が家のキッチンから天に召されました。
↑これがキッチンに出現した生物。ツヤツヤしていて体の横に赤い模様が見えます。壁に貼り付いています。
バナナ生活100
以前の記事で書きましたが、現在完熟を通り越しかけているバナナが約30本ほど残っています。
現在は引き続き生食用として食べるものは冷蔵庫に入れ、それ以外は冷凍庫でコールドスリープしてもらっています。
そんな状態なので、はてさてこれをどうしたものかと毎日バナナに頭を悩まされながら追われるように食べる日々です。
そこで同期隊員の知恵を拝借し、バナナを使ったレシピをしこたま駆使してこの危機を乗り切ろうという作戦にでました。
様々なアイデアが出ましたが、先日試したのはバナナアイスとバナナケーキ。
バナナアイスはバナナを潰して飲むヨーグルトとコンデンスミルクを混ぜるだけというシンプルな一品。
とはいえ、アイスは市販のものは高いし、暑いカメルーンでの日々を乗り切るのに最適、おまけに日持ちもするわでいいことしかありません。最高か。大好きですアイス。
早速冷凍庫からバナナを召喚し、材料を混ぜタッパーに入れ冷凍庫に。あとは待つだけ。とても簡単です。
しかし、こんなシンプルな工程でもすんなり完成まで辿り着けないのがバチェンガらしさ。
安定した停電のため、アイスがなかなか固まりません。
とはいえ停電はもはや恒例すぎて想定の範囲内です。慣れってありますよね。
現時点に至るまで未だに固まりきった様子はありませんが、多少のシャリシャリ感があったため食べてみると美味しい。
ということで、バナナアイス作戦は無事成功。
↑固まる前のバナナアイス。見た目は美味しそうではありませんが、手作りということで大目に見たいところ。
続いてバナナケーキ。
バナナケーキは小麦粉、バナナ、砂糖、ベーキングパウダーを混ぜたものを土鍋で焼くというもの。
こちらも工程は至ってシンプル。
ちなみになぜ土鍋かというと資金不足もあり、調理器具は土鍋と中華鍋しか持っていないためです。
計量カップがないため目分量で小麦粉、ベーキングパウダーを投入。
あとは土鍋にバターの代わりのマーガリンを投入し弱火で焼くだけ。
しかしある程度の時間が経過してもなかなか固まらず。
そうして焼き続けていると香ばしいを通り越して焦げ臭さが。
これはまずいと思い、固まりきってなかったものの火を止め皿に移すと、形を保ちきれなかった半固形の何かが姿を現し、土鍋の底にはたんまりお焦げの層が。
焦げてない部分(上の半固形層)を回収し食べてみたところ、味自体は美味しい。しかし同時に激しく主張する焦げ味により、総合的には食べれたものではない。
(※焦げ部分は入ってません)
自分のキッチンに侵入してはいつも食べ物を要求してくる子供達にさえ「これは体に悪い!」と一蹴され、残されました。
失敗を自認しているとはいえ、不思議とショックでした。ほんと不思議。
思い返してみると、お菓子作りは今回が初めてでした。
そのくせ目分量で作ろうなんざ失敗も納得!と合点。
その後ネットで調べたところ、バナナの量が多い、或いは潰した状態にしてしまうとケーキは固まりにくくなってしまうのだそう。
バナナはたくさん使用し、よく味が混ざるようにと潰してました。ひとつひとつ失敗のための布石を丁寧に打ってました。
そうして人は成長していくわけですね。ありがとうバナナ。
魔の時間帯
任地では今のところ毎日欠かさず停電があります。もはや恒例行事です。
日中もかなりの頻度でありますが、特に夕飯から寝支度までの18~24時の時間帯はほぼ毎回停電しています。
任地に来てからというもの、まともな灯りの中でご飯を食べた記憶がありません。
自分の住居は長屋の2部屋を借りていて、一つは居室、一つはキッチン部屋となっています。(長屋の両端の2部屋)
キッチン部屋は窓が一つだけあり、ドアと同じ向き。そしてドアから大家宅の壁まで徒歩1歩の距離しかない狭さのため、非常に日当たりが悪く熱も籠りがちです。
↑キッチン部屋のドアと窓。このドアの一歩出るとそこは大家宅でした。
できればドアも開けて少しでも風の通りを良くしたいのですが、そうすると住民や子供たちがキッチンに入ってきて物を触ったり物色してはアレちょーだいコレちょーだいと攻撃が始まるので、今のところは閉めるようにしています。
それでも最近ようやく扇風機を買うことが出来たので、調理のたびにせっせかキッチン部屋まで扇風機を移動して、快適な調理時間を過ごせるようになってきました。
しかし停電してしまうと、真っ暗で暑い中、コンロの熱でさらに暑くなる部屋で黙々と調理をする時間となります。
さすがに暗いと調理もへったくれもないので、部屋から非常用のソーラーランタンをつけて凌いでいます。
↑停電中の調理の様子。だいたいいつもの光景。
とはいえ、ソーラーランタンも懐中電灯のような単一指向性のため、決して部屋中が明るくなるというわけではありません。
まるでスポットライトに照らされながら食事を食べている感覚です。というかそうです。
↑停電中の食事の様子。暗闇の中にパパイヤの鮮やかなオレンジが映えます。
そんな毎晩ですが、今日もまた例によって晩御飯中はずっと停電していて片付けている最中に若干の電気が復旧しました。
「若干の」というのは、こちらでは電気の供給量が必ずしも安定しているわけではないので、なんとか復旧したものの
部屋の電気は薄ぼんやりとしている、といった具合です。
こちらもまた熱が籠りがちな居室に戻ってきて扇風機を回したところ、そよ風で回る風ぐるま程度の回転しかしません。
やはり電力がフルパワーではない様子。
風は感じませんが、風情は感じます。
脳内では井上陽水の少年時代がBGMでかかっています。
少し優しい気持ちになれた気がしますね。
まあ嘘です。
バナナ攻め
カメルーンではバナナは主要な農産品の一つです。
バナナはそこらへんでも生っているのを見かけることができ、現地の人たちは「自分の畑から収穫したんだよー」とでかい塊(全房というらしい)をドーンと軒先に置いてたりします。
それで、適当な塊に切り分けて町に出て売ったりしています。
↑これがでかい塊(全房)。バナナはこの塊の状態で木に生っています。自分の体感では10kg以上は優にあります。たぶん。
余談ですが、実際にはバナナの”木”というものはなく、木のように見えるものはバナナの”草”だそうです。
いわゆる「バナナの木の幹」に見える部分は実際は茎に当るようで。
↑これがバナナの茎の断面図。非常に繊維質で、水分を多量に含んでいてとても瑞々しい。感触はもう本当に茎(が大きいだけ)って感じで、木の幹のどっしりとした芯のある硬さとは異なり柔軟性を感じます。
なんとなく理科の植物の授業を思い出しますね。
あと断面に触るとめっちゃベトベトします。
カメルーンではバナナをどう食べるかというと、日本と一緒です。
ひたすら剥いて食べます。大人も子供もみんな大好きです。
そんな身近なバナナですが、引越しして数日程度経ったある日、自分の部屋をノックする大家マダムの姿が。
裏の家の人がバナナを売ってるよ、とのことでした。
任地ではプランタンは見つけてもバナナを売ってるところはまだ見たことがなかったため、喜び勇んで裏の家へ。
行けば、まだ緑色のバナナのでかい塊(全房)がいくつも置いていました。
もちろんそれを小分けにしてもらったものを買おうと思っていたのですが、値段を聞けば全房1つで1000FCA(約200円)との返答。日本円で考えるとめっちゃ安い。
それでもそんなには食べきれないので、小分けにしたら幾らくらい?と聞こうとした矢先、なぜか自分に代わって商談を取り纏めている大家マダム。
気づけば見事全房1つを買っていました。まるで業者の気分です。
全房は大家マダム・キッズとともにいそいそと自分のキッチン部屋に運び込まれ、収納し易くするためテキパキと小分けの房に分けられます。
キッチン部屋に出来上がる緑色の一角。その房のいくらかをさも当然かのごとく何も言わず持って去っていく大家マダム。
自分を連れ出しに来た大家マダムの魂胆を理解し、その去りゆく背中をただただ見つめる自分。
↑切り分けられたバナナたちの一部
そして今。
我がキッチンには堰を切ったかの如く、怒涛の勢いで一斉に黄色く熟し出したバナナたち。
腐らせないよう追われるように日々バナナをひたすら食べる自分。
徐々に傷み出したバナナに迫るコバエ。アリ。
眼前には尚も残るバナナ約30本。
そんなキッチンがここにはあります。
ゴミの処理。巡る自然。
任地で生活を始めて、異文化を経験してるなあと感じることがあります。
それはゴミ箱がないということ。
厳密に言うと、ゴミの回収機構が任地(少なくとも自分の行動範囲内)には無いようで、
そのためか、ゴミは家の外の「だいたいここらへん」と決められた場所にポイポイ捨てられています。
なので自分もそのあたりに都度ポイポイ捨てています。
バナナの皮とか玉ねぎの皮とかポイポイ捨ててます。
この瞬間に自分が異文化の中にいるなあと感じます。
↑だいたいこのあたりにゴミを捨てる。どこまでをゴミ捨て場とするかはあなた次第です。
ゴミはある程度溜まったら燃やして処理することが多いようで、カメルーンに来てからというものゴミを燃やす光景を頻繁に見ます。
(首都ではある程度ゴミ回収場所が決まっており、ゴミ回収車がゴミを回収しているところも見かけますが。)
そのような環境の中で有機物はともかく、やはり問題となるのはプラスチックゴミの問題。
現地の人たちはプラゴミかどうかは御構い無しに一様に外に捨てています。
同期の環境教育隊員の話によると、カメ人たちもプラゴミは燃やすと体によく無いと理解している一方で
ゴミをそれ以外に処理する方法もないため、どうしようもなくといった様子らしいです。
また、「だいたいここらへん」のゴミ捨て場には特に囲いなどがあるわけでもありません。
なので、風が吹けばプラゴミは飛んでいってしまい次の環境被害にも繋がります。
ここらへんはプラゴミの環境に対する影響について、理解を広めていければいいなあなんて。
などと考える一方で、自分が捨てたバナナの皮が日に日に干からびていく様を目の当たりにしていると、
有機物については、いずれそのうちサラサラと無くなっていくのかあ、自然ってちゃんと循環してるんだなあ
などと人参の皮とかをポイポイ捨てながらぼんやり思うわけです。
(プラゴミは袋にまとめています。どう処理したものか。)
特にココは暑く、自分が捨てたバナナの皮の干からびるペースが早いため、理屈ではなく肌感覚で自然が循環していくのを感じます。
そんなわけで水が乾くのもとても速いです。共同トイレで穴の近くに黄色い水を見かけても、少し経てばサラサラに乾いています。
1歳くらいの大家さんちの赤ちゃんが自分の部屋の入り口真ん前でおしっこを漏らしても、少し経てばサラサラに乾いています。
なお、この罪状に関して彼女は既に前科2犯持ちです。
知らない間に玄関前が濡れていることもあったので、余罪があるとみて調査しています。
↑この子。ミシューちゃん。懐いてくれて嬉しい。
ちなみに彼女は自分の部屋でヨーグルトとジュースもそれぞれ一回ずつゴザの上に盛大にこぼしてます。それも引越し初日早々に。お転婆か。
今やその跡地はハエたちのオアシスとなっています。
こうして自然は循環するわけですね。
今日のバチェ飯
本日はバチェンガでの夜ご飯を紹介します。
今日の献立はオムレツスパゲッティ。
カメルーンにはオムレツスパゲッティサンドイッチという食べ物があります。
欲張りな名前ですが、要は焼きそばパンの要領でスパゲッティを絡めたオムレツをバゲットパンで挟むというもの。
一度それを食べてからというもの、安くて美味しくお腹もそれなりに満足と何度もリピートする程どハマりしており、それを自作しようと試みた次第。
今まで諸事情によりガスボンベがなかなか買えなかったのですが、昨日ようやく買えたため、食材も揃え任地で初めての自炊ができると意気込んでトマトを刻んでいました。
そんななか大家のマダムが味見をしたいと言いにきたので了承しました。
10人以上いる大家家族全員分を賄うことは流石に厳しく、幾らか多めに作る程度だったのですが数人の子供たちは待ちきれず調理を手伝いにキッチンに入ってきました。
するとどうでしょう。
野菜を切り終わった後、あれよあれよという間にキッチンの主導権を中学生くらいの子供たちが握る展開に。(+元気なちびっこたちが周りで観戦)
ここはキッザニアかなと。
イニシアチブを奪われた日本人は片隅のベンチに座りながらそう思う一方、テキパキと動くあたり子供達は料理に慣れしてるのかもと思い見守ることに。
スパゲッティが茹で上がってから卵と野菜のミックスと混ぜ、オムレツを作るフェーズに突入。
ここからがキッズシェフの腕の見せ所。
テキパキと油(多)を投入し、あったまったところでオムレツを中華鍋に投入。
カメルーンの食事は油の量が多いものが多々あるため、やっぱりこれくらい入れるのがこっちでは普通なのかなあと思いながら見守ります。
底が焦げ付かないよう注意しながらこまめにかき混ぜる子供達。
少し焦げ付きそうだったらテキパキと油(中)を投入する子供達。
味見をする彼らの目つきは真剣そのもの。
細やかに味を整えながら、やはりテキパキと投入される油(小)。
これがカメ人のスタンダードな油の量かもしれない。郷に入っては郷に従え。多勢に無勢。などの言葉が頭の中をぐるぐる回るなか、油の多さゆえにオムレツになりきれなかった何かが出来上がるのをただただ片隅のベンチから小さく見守る日本人とテキパキ動くカメ人キッズシェフたちとのコントラスト。
そうしてようやく完成された何かをいよいよ食べる段階に。
食べてみたところ、油という蜃気楼でぼやけまくった先にわずかに見えてくる塩味。そんなイメージ。
同時に多量の油により着実にダメージを受けていく体。生きるために食べるのに食べると体がやられるなんて滑稽だなあ、などと既に他人事として認識し出そうとする頭をよそに、もはや約束されたも同然の胃もたれ。
おかげでカメルーンの油の味を理解できた気がします。たぶん普通のサラダ油です。
(※カメルーンで流通してる殆どはパーム油とのコメントを頂きました。たぶんパーム油です。)
あと、おそらくですが彼らは料理に慣れてません。
↑完成された何か
↑ペットボトルいっぱいに入っていた油が一回でこれだけ減りました。揚げ物でも作ったのかと。